現代のビジネス世界では、DX(デジタルトランスフォーメーション)を無視することはできません。
特に、中小企業の経営者の皆さんがDXを推進しようと思ったとき、最初に頭に浮かぶのは「DXを進めるのに何が必要だろう?」という疑問ではないでしょうか。

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2023」によると、中小企業のDX推進の障害として、「DX人材の不足」が最大の問題だとされています。

今日の記事では、長尾一洋氏の「デジタル人材がいない中小企業のためのDX入門」(KADOKAWA、2022年10月20日)を基に、DXとは何なのか、どのように進めるべきなのか、そして経営者の皆さんが何をすべきか、具体的に説明していきます。

今回は、このテーマを3回に分けてお伝えするシリーズの2回目です。中小企業が優秀なDX人材を採用することが難しい理由と、DX推進に必要な人材について、詳しくご紹介します。

以下のポイントを取り上げます:

  1. DXが失敗する一般的なパターン
  2. 中小企業が優秀なDX人材を採用するのが難しい理由
  3. 中小企業のDX推進に必要な人材の特性
  4. DX人材を社内で見つけて育てる方法

これらの要素を理解し、適切なDX人材を見つけ、育てることで、皆さんの会社のDX推進を成功に導けることでしょう。

DXが失敗する一般的なパターン

DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の決定後、経営者の皆さんがすぐに考えるのは、「誰にこの重要な任務を任せるべきか」「誰がDX推進を果たすことができるのか」でしょう。

ここで注意したいのが、DX推進チームの構成における一般的な失敗パターンです。長尾一洋氏の「デジタル人材がいない中小企業のためのDX入門」では、次のような例が挙げられています。

DX推進チームに任命されたのは以下の3名です:

  1. リーダー:Excelが得意なベテラン経理部員
  2. メンバー:パソコンやスマホに詳しい若手社員2名

一見、会社の数字に明るくExcelが得意なベテランと、デジタルに熟知した若手の組み合わせは、DXを進めるのに最適に思えるかもしれません。しかし、このチームは最初から2つの問題を抱えています。

問題1:稼働時間。中小企業では、通常業務を停止して新たなDXプロジェクトに専任で参加させる余裕がありません。したがって、チームメンバーが通常業務とDXプロジェクトを並行して行うと、DXプロジェクトに割ける時間が大幅に制限されます。

問題2:IT知識。Excelのエキスパートやデジタルネイティブであることは素晴らしいですが、「DXを会社経営にどう生かすのか」という具体的な知識や視点が欠けています。自社のビジネスにどのようなDXを適用できるのか、どこから始めるべきなのか、どのように始めるべきなのかが見当たらないのです。

これらの問題により、プロジェクトの進行は大幅に遅れ、「社長、ITに詳しい人がいないと何も始まらない」という声が上がります。そこで経営者が考えるのが、以下の3つの選択肢です。

  1. 社内で最もデジタルに強そうな社員に全てを任せる
  2. ITに詳しい人材を採用する
  3. 業者に全てを外注する

しかし、これらの選択肢は全て失敗に繋がる可能性が高いのです。

選択肢1の「社内で最もデジタルに強そうな社員に全てを任せる」は、一見良さそうですが、ほとんどの場合、任された社員は過大な負担により疲弊します。時には意外な才能が開花し、活躍することもあるかもしれませんが、その社員が転職を考えるリスクもあります。

次に、選択肢2の「ITに詳しい人材を採用する」。ハローワークや求人サイトに求人を掲載しても、応募者はほとんど見込めません。もし応募があったとしても、その人のIT能力を正確に評価できる人がいないため、採用がミスマッチになる可能性が高いです。

最後に選択肢3の「業者に全てを外注する」。IT技術の専門家の力を借りることは、一方で必要なのですが、何から始めて良いかわからない段階では、業者に適切な依頼をすることも難しいです。結果として、社員が使いこなせない複雑すぎるシステムや、使い勝手の悪いシステムが提供され、さらに高額な費用が発生します。

DX推進の現場では、これらの失敗は珍しくなく、頻繁に発生しています。では、どのように対処すれば良いのでしょうか?

中小企業が優秀なDX人材を得る難しさの理由

現在、デジタル人材を獲得することは、どんな企業にとっても重要な課題となっています。大企業では、外部からの採用に注力する一方で、社内人材のリスキリングを進めたり、高額な給与体系を設定してデジタル人材を集める動きもあります。

中小企業の経営者たちも、「デジタル人材を採用しよう」「社内でデジタル人材を育てよう」という思いを抱くことでしょう。

しかしながら、残念ながら中小企業が抱える現実は、大手企業との採用競争において時間とコスト面で遅れをとり、デジタル人材の採用が難しいということです。

さらに、もし運良くデジタル人材を採用できたとしても、その活用が難しいのも事実です。
中小企業では、連続的なシステム開発や導入があまり行われません。
その結果、力を発揮できる場がなく、高給を得ているデジタル人材が、PCの問題解決やExcel、Wordの質問対応など、社内のITサポート役になってしまうことがよくあります。
こうなると、優秀なデジタル人材は満足感を得られず、やりがいと高給を求めて他社へと移る可能性が高まります。

それぞれの中小企業が受け入れなければならない現実は、「優秀なデジタル人材が来ることは少なく、もし来たとしても長くは滞在しない」ということです。
「誰か一人優秀なデジタル人材を採用すれば、一気にDXが進む」という願望は、甘い夢でしかありません。長尾一洋氏の「デジタル人材がいない中小企業のためのDX入門」でも同様のことが語られています。

中小企業のDX推進に欠かせない人材の要件

「中小企業が優秀なデジタル人材を獲得できる可能性は低い」。この前提を踏まえて、中小企業にとって理想的なデジタル人材の要件を考えてみましょう。

中小企業に適したデジタル人材とは、一体どのような人物なのでしょうか。まず、中小企業のデジタル人材に「プログラミングができる」というスキルは必ずしも求められません。デジタル人材やIT人材というと、しばしば「プログラミングができる人=デジタルを創る人材」だけを指すような誤解があります。

しかし、デジタル技術やツール、サービスを活用して様々な問題を解決する人、すなわち「デジタルを活用する人」もまた、重要なデジタル人材と言えます。
中小企業に求められるデジタル人材は、この後者のタイプ、つまりビジネスにデジタルを活用できる人材なのです。

さらに、DXを推進することは、単にシステムを導入することだけではなく、業務そのものを変革することです。このため、中小企業のDX人材に求められるのは、デジタルの知識や技術を超え、会社の成長や課題解決のために、現状の業務フローを見直す力、そして会社の変革を引っ張るリーダーシップです。

要するに、中小企業のDX推進に必要な人材の要件は、次の2つの特性を兼ね備えた人材であると言えます。

  • ITをビジネスに活用するスキル
  • 自社の業務変革を引き受け、リードする力

長尾一洋氏の「デジタル人材がいない中小企業のためのDX入門」でも強調されていますが、「自社の業務を理解し、デジタルをどのように活用し、戦略を設計する能力」、そして「それを推進するリーダーシップ」が求められます。プログラミングのスキルがあっても、これらができなければ組織の中で真の力を発揮することはできません。

中小企業のデジタル人材は、ITの知識だけでなく、戦略的な思考と組織をリードするためのリーダーシップスキルを持つ必要があります。そのため、プログラミングの技術を持つだけでは十分ではないのです。むしろ、組織の現状を理解し、適切なデジタルツールを活用して業務改革を主導することができる人材こそが、中小企業のDX推進には不可欠です。

このように、中小企業がDXを推進するためには、デジタル人材の定義を広く捉え、ITを活用して業務変革をリードする力を持つ人材を探すことが重要です。デジタル化の進行は、単なる技術の導入ではなく、組織全体の変革を意味します。そのため、組織のリーダーシップと変革力が求められるのです。

最終的に、中小企業に必要なDX人材は、デジタルの知識を活用して自社の成長を促進し、業務の改革を進める人物です。技術の専門性は一部ではありますが、それだけでなく、変化を牽引するためのビジョナリーな視点も必要となります。この理解を持つことで、中小企業が成功したDX推進への道を切り開くことができるでしょう。

中小企業におけるDX人材は社内から選び出し、育成する

長尾氏の著書では、中小企業がDXを推進するために必要な人材は、「当事者意識」を縦軸に、「デジタル知識と技術」を横軸にしたマトリックスから選び出されると述べています。それぞれの領域には次のような人物がいます。

①の領域にはデジタル知識や技術が高く、自社の成長を深く理解したいという意欲が高い人材がいます。
②の領域にはデジタルの知識や技術があるが、自社への関心が低い、あるいは全くない人がいます。
③の領域にはデジタル知識や技術はそこまで高くないけれども、自社への関心が高い人がいます。
④の領域にはデジタル知識も自社への関心も低い人がいます。

①の人材が存在する場合、それは非常にラッキーなことです。このような人材は、活躍の機会を与え、その能力を最大限に発揮できるような環境を提供しましょう。

一方、②の領域に属する人は意外と多いかもしれません。これらの人々はしばしば、自分のデジタルスキルを見せびらかし、評論家のようになる傾向があります。

④の人々はDX推進にとって何の役にも立たない可能性が高いため、DXプロジェクトからは遠ざけることをお勧めします。

それに対して、期待すべきは③の人々です。大切なのはデジタルの能力よりも、自社を改善したいという強い意志です。現代では、プログラミングなしにシステムを構築するツール(ノーコードツール)や、既製のクラウドサービスを利用して、ビジネスにデジタルを組み込むことが可能になりました。

たとえ小規模な企業でも、ITに敏感な人は必ずいます。試行錯誤が必要な部分もあるでしょうが、この③タイプの人々にデジタル技術の学習機会を与え、活用の場を提供することで、社内からデジタル人材を着実に育て上げることが可能です。実際、このようなアプローチは、外部から①や②タイプの人材を採用するよりも、成功率が高いと言われています。

まとめ

中小企業のDX推進に必要な人材とは

  • ITの先端企業や大企業のように高度な専門スキルを持った人材ではない
  • プログラムが組めなくてもITをビジネスに活用する能力のある人
  • ITスキル以上に、当事者意識をもって会社の変革をリードできる人
  • そのような人材は社外から新たに採用するよりも、社内で育成する方が確実